Software Transactional Memo

STM関係のことをメモっていこうと思います。

Re: 空想のNFTと現実のNFT

前回の記事に長文で反論が付いていたので興味深く拝読した。

sasakill.substack.com

書いた人はSmartnews社のVice Presidentのようで、予想外のところまで記事がリーチしたのは少し驚いている。

メタバースはNFTの使い途の一部でしかなく、Web3によって完璧な非中央集権的な社会が実現するなんてこともない。

僕の記事では「メタバースにNFTは不要」と言ったのに「NFTにメタバースは不要」というような受け取られ方をしているあたりは少し気になるが、彼が論点に挙げたいのはメタバースでもWeb3でもなくNFT単体であるようだ。そのつもりで僕の意見をまとめる。

私の考えでは「ノーコストでコピーが可能」という議論の土台にそもそも穴がある。

繰り返すがコピーはやはりノーコストである。この記事の読者が自身のデバイスに僕の記事を表示させるまでのコピーに掛かった電気代・通信費の原価は1円を切っている。新聞紙以下の原価で大量の情報を届けられるインフラは通信・半導体技術の発達のお陰で圧倒的に安くなり続けている。そこに技術者の給料やデバイス・サーバの価格まで混ぜっ返した話を始めたいのならそれを「コピーのコスト」と呼ぶのは不当である。

Webを初めとする情報インフラで動いている資金はGAFAの給料はもちろん半導体の製造や研究まで含めるとそれこそ天文学的であり、その資金の流れを最終的に支えているのは他ならぬ消費者と市場である。市場を形成するには買い手が不可欠であり、消費者は経済的に合理性のある選択肢を粛々と選び続けてきた。そこに「アテンションエコノミーは害悪だ」「無料でデータが手に入ってしまう市場はおかしいからあなた方はお金を払うべきだ」と説教したところで誰が従うのか、更にはそれに従って消費者から支払われたお金は途中で山師のポケットに入ることなく市場に適切に還元・分配されるのか。もしくは僕がこの記事を書き上げるのに要した時間を真面目に時給換算するとそこそこの額になるがあなたにそれを部分的にでも払う気はあるのか?おそらく無いし、無い人間が他人に払えと言い出すのは道理が通らない。誰かがすべてを解決するアイデアをひらめく可能性はないだろうかなんて投げっぱなしの議論はもう飽きたし、そのアイデアにNFTが織り込まれている可能性は無いと思う。

やがて世界は誰でも手に入れられるが誰も欲しくないものであふれるようになり、ユーザー体験が貧しくなっていくのを誰にも止められなくなる。それが今おこっていることだ。

ところでYouTubeには毎分60時間もの動画がアップロードされている。これは誰でも(クリックひとつで)手に入れられるものであふれていると形容しても良いと思う。さらにそこの動画は世界で毎日40億回再生されている。アテンション・エコノミーの最たる実例だと思うが、毎日40億回再生されている状況を果たして「誰も欲しくない」と呼んで良いだろうか?世界中のみんなのユーザー体験は本当に貧しくなる一方だろうか?ノーコストで作られた複製品であることがユーザー体験を損ねているだろうか?

僕にはそれは信仰の問題にしか見えておらず、僕自身としては最近はお金さえ払えば誰でも手に入れられる「HADES」や「Pokémon LEGENDS アルセウス」のダウンロード版をやりこんでいるし、テレビゲームの出来栄えは基本的に毎年良くなる一方と感じている。同一のゲームなら数が有限であるカートリッジ版の方がダウンロード版より面白いと思った事もない。僕の感覚がデジタルに慣れすぎていて別の価値観を理解できていないだけかも知れないが、デジタルな体験がNFTを経る事でさらに良くなるイメージがまるで沸かない。

デジタル世界に人工的な希少性を導入するNFTのアイデアと実装は、無償なものをわざわざ有償にするのではなくて、見えない化されたコストを再び見える化するものとして捉えることはできないだろうか?

それが本当に人々が望んでいる物ならそうなるし、望まれているようには見えない。コストを払うべき情報というのは存在するし、ニュースや動画サービスのサブスク購読あたりが現実的な落とし所の一つだと思う。なおスノーデンはサブスクを「希少性の注入」と呼んでいると書いているが、サブスクは誰でもお金を払えば原理的にいくらでも加入できるので全然希少ではない。

経済の回し方に文句があって新しいエコシステムを作るとしてそれが自社サービスのストレージとクレカによる決済で回るのは順当である。ブロックチェーンなんて非効率な物に保存する必要性やNFTの形で山師を相手にする必要性はまるでない。

結論としてはアテンション・エコノミーが最高であるとは思っていないが、市場の力学で自然にこの形に落ち着いたのだしひっくり返すには並々ならぬ努力が要る。市場を正しい形にしたいのであれば、その「NFTによって所有権を定義する事で新たに生じるご利益」を自己満足以外の語彙で立証するのが道理である。NFTの導入からアテンションエコノミーの脱却までの間にはまだまだいくつも飛躍があるし、NFT以外の方法で脱却不能であるようにも見えない。これまでNFT界隈はこの一番大事な問いに対して「わからない奴はわからないでいい」「いずれ時間が証明する」のような投げっぱなしの姿勢を貫いてきたが、詐欺師も一言一句同じことを口にするという前提は噛み締めてもらいたい。

さてここからマジックザギャザリング(MtG)の話なのだが僕はこれはコロコロコミックでちょっと読んだことがある程度の知識しか無い。

手に入りづらい高額がカードが存在する一方で、ほとんど無料で手に入れられる強力カードもまた存在し、それがプレイヤーの裾野を広げていくようになるのである。

強力カードが安く買えるから新規プレイヤーが参入するわけではない。レアリティと強さが厳密に連動していないTCGはいっぱいあるが、別にそれらの全てがMtGと同程度のプレイヤーの裾野を獲得するには至っていない。TCGは安価である事を理由に入門するのではないし、カードにレアリティがあるからプレイするわけでもない。MtGが現在の地位を獲得した理由についてそれっぽい仮説を並べ立てる事なら僕にでもできるが、プレイヤーの裾野を広げる再現性のある方法があるなら千金の価値がある。

問題はそれだけではない。誰もがすべてのカードを手に入れられる状況というのは、簡単に言ってしまえば、おもしろみに欠けるのである。TCG囲碁や将棋とは違う。勝ち負けを競うゲームでありながら、愛着のあるカードを使いたいというファッション性も持ち合わせているからこのような心理が生じる。

誰もが全てのカードを手に入れられる状況と言うとネットに張り付いてる人はこれに心当たりがあるのではないだろうか。

news.denfaminicogamer.jp

対人戦ができる遊戯王カードのソシャゲだが『未所持のカードは「同じレアリティのカード3枚」という驚きの低レートで生成可能』というバーゲンセール状態で果たして遊戯王カードのプレーヤーが減ったか、というと純粋に対戦を楽しむプレーヤーがわんさか居る。もちろんアプリ内のカードが現実で手に入るわけではないし、現実のカードと対戦ができるわけでもないがこれはこれで一つの土俵としてみんな受け入れている。カードゲームはカードの資産性なんか皆無でも楽しいのだ。アプリの中にカードがあればブロックチェーンに記録が残らなくても所有欲が満たせる人だって当然いるだろう。

レアリティが存在しないとゲームの魅力が落ち、セカンドマーケットを成立させていたカードショップのビジネスも立ち行かなくなり、結果、そのゲームは衰退する。つまり、そもそも遊べなくなるのである。

さて、遊戯王カードのカードショップのビジネスは立ち行かなくなっただろうか。遊戯王カードは衰退しただろうか。むしろマスターデュエルで入門した人が現実のカードも買い漁るようになる事すらあり得ると思っている。

オーナーシップが生じる仕組みの上では、人はそれをコストではなく資産と捉え、資産を有効に使うためにコミュニティやマーケットに積極的に働きかけるようになる。そうした人々があつまることによってさらに価値が安定、あるいは上昇する。

オーナーシップ自体はあらゆるリアルTCGの事を指していると思うが、資産価値があるからプレイするわけでもなければ入門するわけでもない。カードの売買での損得なんてのは二次的な話であってプレイしたくてカードを買っているに過ぎない。コミュニティ全体としてゲームに対する信仰が時間を掛けて形成されたから鳥居でも奉納する気分でお金を注ぐ人が相次いで現れ結果としてカードに資産価値が付いたのであって、カードに資産価値を付ければ信仰が産まれるわけではない。順番を間違えてはいけない。

時間が経ってみれば的はずれだったということになるのかもしれない。

時間が経たなくても既に的はずれである。

 

現実のNFTはもっと単純なことしかできない。個数の概念を持ち込めること。ユーザーが所有していることによって異なるプラットフォームにも持ち込めること。

まるで「個数の概念」がこれまでデジタルでは存在しなかったかのような言いっぷりであるが、証券のように個数に上限があるものをデジタル上で売買する仕組みはブロックチェーン登場以前からとっくに存在しており、例えば証券取引所の中で元気に走っている。

「異なるプラットフォームにも持ち込める」というのは嘘があって、正しくは「異なるプラットフォームがひょっとしたら受け入れてくれるかも知れない」である。例えばAxie Infinityで購入したお気に入りのキャラクターをMy Crypto Heroesに持ち込めるかというと、受け手側がそういう対応をしないと持ち込めないし、やるならブロックチェーンではなく認証の連携によって実現できる。

なんと驚く事にどちらもブロックチェーン無しで実現したほうが筋が良い

MtGの公式がアプリで仮にNFT版のMtGを販売開始して有限のカードがNFTで発行されるアプリを想像してみたが、ETH上での売買は匿名wallet同士で行うのが基本なので何らかのカードが高値で取引されていても同一人物による買い占めや自作自演取引でないことを証明できない。そんな疑心暗鬼な状態で真っ当な市場が形成される気がまるでしてこない。

僕らのネクロマンシー

抜粋部分を読んだけれど「複製が不可能なブロックチェーン」という現実と真逆な物を前提にしたフィクションなのでNFTの議論においてはただのノイズ。

 

何にせよ界隈から長文で返事があったことは歓迎したい。