Software Transactional Memo

STM関係のことをメモっていこうと思います。

Re: Web3というテロリズム

f:id:kumagi:20220220010259j:plain

えふしんさんに何の恨みも無いのだけれど

というのだから技術的に正確なツッコミを入れて欲しいという事だと信じて書く。まさか後釣り宣言など来ないだろう。

Web3という言葉は、既存の権力構造に対する宣戦布告と考えれば、割と素直に受け入れられる。

ここは本当にその通りで「下剋上」の雰囲気感だけで業界が振り回されているのは見るに耐えない。権力構造を敵対視するあまり、本当に味方に付けるべきエンドユーザーの事がなおざりになっているとすら感じている。市場経済で世の中が動く中、エンドユーザーは確かな利益が無ければ動かないし、利益無しで人やお金を動かさせたら詐欺である。この業界に身を置く者であれば関係者のポジショントークに振り回されるのではなく、新しい技術を用いて我々一般の人間がどのように幸せになっていくかという観点が必要であり、それが業界全体を動かすエコシステムへと発展していく説得力となる。結果としてそれが既得権益へのテロになるかも知れないがそれ自体を目的としてはいけない。

そもそも業界は安易なバージョニングで語れるほど単純な形をしていない。Web3と数字を付けて評論するのはWeb業界という巨大なフィールドすら低い解像度でしか捉えられない外野に任せておけば良く、技術側の人間であればもっと集中すべき領域がある。ましてや技術的な用語を曖昧に持ち出して都合のいい誤解を招き出資を引き出すなどは言語道断である(ここで体重の乗った右ストレートを自分の頬に入れる)。

一企業が暗号通貨を発行するという中央集権型になるのを政府が許さなかったからだ。つまり中央集権であり続けることには限界が存在する。これは間違いない。

自信たっぷりに書いているが一企業が中央集権的に発行しているコインというのはさほど珍しくはない(USDT, JPYCなど)。

トラストとは

ビットコインを始めとする暗号通貨は、サトシナカモトという架空の人物を責任者に立てて、政府から逮捕されたり暗殺されない存在を生み、なおかつ、トラストレスなネットワーク構造でユーザ同士のお金の取引を実現した。

何が起きても間接的にも仮想的にも責任を取ってくれない立場の人を「責任者」と呼ぶのは疑問が残るが、この一文からえふしんさんの中では「トラストレス」とはBitcoinのように「個々人が所有する秘密鍵を信用の拠り所とし、特定の信用機関に依存しない事」を指しているようである。人類はこれまで信頼性の低いIPネットワークの上にある程度安定した通信を行わせるTCPを実現し、更にその上で全部のパケットが盗聴されていても第三者には内容を解読できないTLSを走らせてきた歴史がある。全参加者が秘密鍵を持つ事のみを拠り所としたエンドトゥーエンドなアプリケーション層に夢を抱くのは自然な事のように思う。

そして、PoCなどと呼ばれるブロックチェーンの仕組みでトラストが担保される。

PoCはPoWの間違いだろうけれど、それによって担保される何かはすぐ上の「トラストレス」の文脈で現れる所の「トラスト」とは別だと思う。トラストに相当するものを作り上げるのは依然として秘密鍵でありPoWでnonceを探す事自体はトラストとは関係がない。

お金の取引というトラストを実現するための機能が分散されていて、特定の機関に依存しない仕組みがトラストレスと呼ばれる。そして、このシステム構造で、ビットコインという暗号通貨が成立しているという事実が存在している。

で更にここで「トラスト」の意味がブレているように見える。上で「ネットワーク構造」と書いていた物が「システム構造」になっていて言葉の対応関係が掴めない。用語の使い方が雑でブレているのは僕も人のことを言えた道理は無いが、少なくとも僕が若干混乱しながら文章を読んでいる事は伝わって欲しい。

岩下さんのスライドでも登場する「トラストレス」とは「Trusted Third Partyに依存しない信頼の仕組み」の事であり、言葉の構造としては「スタッドレスタイヤ」に似ている。スタッド(鋲)はノーマルタイヤにも無いが「雪面を走るタイヤにしては」鋲が無い事を略してスタッドレスタイヤと呼んでおり、鋲がない任意のタイヤが雪面走行に適しているわけではない。そういう文脈の上で「トラスト」と「トラストレス」という言葉を無邪気に振り回すと混乱しか呼ばない。エンジニアであれば避けたほうが良い。

スマートコントラクトの限界について

重要なポイントとして、取引所は交換可能な状態であって、Aという取引所が潰れたとしても、Bの取引所に送金をすれば送金に手数料はかかるが取引は続行できる。

取引所に預けた通貨の秘密鍵は取引所が持っているため取引所のプロトコルに従って要請しない限り送金はできない。Mt.Goxビットコインの払い戻しが凍結された事件は記憶に新しい、もしえふしんさんが言うほど簡単に送金できていたら誰しもが早々に送金して難を逃れていただろう。

例えば、P2Pで送金をする時に、適切に相手に着金した段階でスマートコントラクトが発動し、送信者には取引完了を宣言されるエスクローの仕組みがスマートコントラクトで実現するというのが、一番プリミティブな利用方法である。

送金と着金であればスマートコントラクト無しのBTCでも実現されているし、エスクロー(第三者委託)の出番ではない。単純にAからBへの送金の記録がチェーンというAでもBでもない場所に書き込まれる事をエスクローと呼ぶまで定義をガバガバにするにしてもそれをスマートコントラクトという別の技術用語で表現するのは誤りである。

土地取引などの物理的なアセットの取引の改革などは、スマートコントラクトに書かれているトランザクション制御の時間範囲を無限に伸ばし、それ自身の台帳が公開されているという原則で、情報の非対称性を無くし応用していくものと、僕は理解している。

誤解である。土地や農産物などチェーンの外にある物との接点は依然としてブロックチェーンの根本的な鬼門でありスマートコントラクトがどのように発展しても技術的に解決できる糸口すら見えていない。また情報の非対称性が無くなるというのも妄想に過ぎず、取引履歴がチェーンに書かれてもそれ以外の情報がチェーンに乗るとは限らないし*1、ましてやスマートコントラクトが自動的にそれを解消するとも思えない。

Web3はテロであるか

NFTなどのツッコミの内容が、どこか稚拙な話にも見えるのは、何十年か前に、まだECも存在しない時にRDBトランザクション制御を見て、これによってどんな世界が変わるのか?を想像しているところで、見ている時間軸がずれていることが原因なのではないだろうか。

ツッコミに対して「もっと夢を見るべきでは」と曖昧な反論をするのは信者に任せておけばよくて、技術側としての自負があるならば夢の中でもできることとできないことの境界にシビアに目を向けていくべきだと思う。

Web3の流れをエンジニア的に雑に言うと、RDBもしくはRDBの発展した分散データベースによって支えられているGAFAの利益構造を、トラストレスな誰でも参加可能なブロックチェーンネットワークを通じて破壊しようというものだと理解している。

GAFAの利益構造とデータベースのアーキテクチャは直接関係がない。サービスの良し悪しはアプリの良し悪しであり、裏側のデータベースがサービスの成否を決めてくれるわけではない。ブロックチェーンでしかできないアプリが隆盛することによって結果としてGAFAの利益構造を破壊することはあるのかも知れないが、そのアプリの形すら現れていない段階でビジネス上の結果だけ妄想するのは「エンジニア的」な言動ではない。

web3でやりたいことは、契約情報だけの真正性を元に新しい世界を実現しようとしてるからだ。そして、その自信の根拠は、暗号通貨がブロックチェーンには取引履歴しか書かれてないのに価値を保持することに成功したという実績にある。

Bitcoin登場時から言っているが、取引過程の正しさは取引全体の正しさを保証しない。「オリハルコン製の高硬度なATMがあればオレオレ詐欺が無くせる」ぐらい荒唐無稽な事を言っているのだが「契約情報だけの真正性」で世界が構築できると考えているのならば見通しが雑と言わざるを得ない。

チェーン内での取引履歴しか書かれていないブロックチェーンが価値を創出した事は確かに快挙である。しかし、チェーン内の取引履歴からチェーン外の価値に結びつける努力は難航している。NFTも作成された後のトークンの取引自体は全て正しいかも知れないがそもそも正しい権利者が法的に正当な根拠を持ってトークンを作成したのかについてチェーンもトークンも答えを持ちえない。現世と繋ぐにはNFTでもやはり発行者を信用する必要があって、それが「非中央集権」と構造的に相容れないという問題は技術的に解決できそうな糸口すら無い。

対して例えばAmazonがどうなのかと言えば通信販売が出発点であるために住所や決済情報や流通路など現世との接点は圧倒的に強い。チェーン周りの法的な整備はこれから進むのでいずれいくらか差は縮まるとは思うが、ブロックチェーンやスマートコントラクトが構造的に苦手とする現世との接点で既に大きな価値を出しているのがGAFAであるという順で考えると結論は逆になる。

さまざまな人やデータ間の距離を縮めてきたことがGAFAが実現してきたことであって、それはweb3の果てに実現するweb3.0の世界でも同様のことになる可能性は低くはないだろう。例えば、一番ありそうなのは、秘密鍵を保存し、あらゆる取引情報の所有者を示すウォレットの名前としてApple WalletかGoogle Walletが普及している世界は容易く想像がつく。

まさに「ブロックチェーンで打倒GAFA」の違和感について感じるのがこのポイントで、妄想に浸るならせめて「ブロックチェーン上のビジネスは原理的にGAFAには不可能」という根拠を示した後でないと本当に虚しい妄想である。ブロックチェーン上で高度な事をやるには莫大なソフトウェアエンジニアリングのリソースが必要になることは想像に難くないが地球上でそのリソースを多く抱える企業を上から順番に列挙してみた事はあるだろうか?

結果として、それがGAFAのような存在になるのかはわからないが、多分、なる。なぜならWeb3はWeb2.0の成功者に対するテロだからだ。独裁国家を倒した勢力が、改めて自分たちも独裁になっていくということは事実存在している。それはそうしたかったというよりは、何かを守るためには、そうせざるを得なかったという大人の事情があるんだと思う。

Web3がテロに成功する根拠は「トラストレス」で、その企業が次なるレイヤーの上で新たな「トラスト」となる未来はあり得るかも知れないが、その企業の価値がどれほどの物となるかはWeb2.0に勝った事ではなく社会に提供した価値でこそ測られるべきで、それが例えば時価総額Appleを超えないなんてのも想像できる。

打倒○○といった虚しい妄想を捨て、地道に世界中の情報をチェーン上に合理的に乗せていく技術的・政治的活動に明け暮れた果てに「チェーンと現世を繋ぐ保証人としてあの企業がSPoFである」「でもブロックチェーン無しでは我々の生活は成り立たない」という未来を作り上げた段階でようやく論じる事ができる話であって、そうなるアプリケーションすらあやふやな現段階で技術者がやるべき事は筋道すら無視した妄想ではないはずだ。

それは、2018年のPKI Day 2018というイベントで、岩下直之さんが講演されている「トラストとトラストレスの狭間で」というPDFであった。

そのPDFの結論としては「トラストレスであることに夢を見るのはやめろ」であるがえふしんさんがこれまでにご開陳された持説はどうやらトラストレスに夢を見すぎているようである、本当にそのPDFを読んだのだろうか?読んだ上で全く真逆の結論に至ったのであればまずはこの岩下さんのPDFに反論するのが先である。

そもそもこういう事を言っていたので寒いポジショントークとは一線を画した冷静な観点を期待していたが、蓋を開けるとえふしんさんすらも判で押したようなポジショントークを重ねており失望したというのが正直なところである。

多少間違った事を言ってもインターネットの集合知で訂正されてみんなのためになる、という献身の心は良いと思うが、それで出される文章がこのようにほぼ全文でツッコミどころ満載になると「負の数同士の積が正の数になるように一周回って正しいのか?」と疑心暗鬼になってしまい不毛な思考サイクルに幾度と無く追い込まれる事になるので、次回はもう少し学んでから書いて欲しいと切に願う。

トップ画像はFlickr中村康就さんの作品CC BY-NC-ND 2.0に基づき利用させていただきました。

*1:登記簿を見れば不動産の取引履歴はわかるが情報の非対称は果たして登記簿で全て解決されただろうか?