Software Transactional Memo

STM関係のことをメモっていこうと思います。

NTTによるブロッキング論点の整理

Great Wall at Mutianyu

 

NTTがブロッキングを発表してから様々な反響があったのでざっと眺めて反応を主観でカテゴライズしてみる。

TL;DR; NTTも政府もしっかりしろ。あと違法行為はやっぱりダメだ。

今回の措置に賛成だよ派

NTTがブロッキングすることについて積極的or消極的に支持する派は以下の派閥が居るように見える

困ってる人がいるからしょうがないよ派

法律をそんなことで曲げて運用したらダメだと思う。
だが最大派閥はおそらくこれで、実際海賊サイトのやり口のえげつなさは度を越している。
犯人は防弾ホスティングという仮面で顔を隠したまま、通信回線という凶器を振り回して日本のコンテンツ産業を破壊し続けた。対策の順番としてまず犯人を逮捕せよと言うのは順当だが防弾ホスティングを超えて犯人を暴き、証拠を掴んで証言台に立たせるのは至難を極める。特に犯人が国外に住む外国人の場合、日本の警察が捜査の為に行使できる権限は国内ほど強力ではない。

これ関係だと以下の動画がすごかった。日本語字幕付きで短いので是非見て欲しい。

www.youtube.com

データ・ヘイブンをどうするかというのは長らく国際的な問題となっており、現在も条約などで解決できないかという国際的な試みは続けられているがどうあっても時間がかかる。それを待つ前に緩和策だけでも打ちたいという気持ちは理解できる。それが通信の秘密という憲法に保証された権利を冒してよいかは疑問ではあるが。

プロバイダ責任制限法を越えるから仕方ないよ派

それなりに理屈が通ると思う。プロバイダ責任制限法という法律がある。平たく言うと、インターネットを経由して犯罪を行われた場合であっても特定の条件を満たす場合にはプロバイダ(ISP,サーバ管理者,サイト管理者)は責任を負わない、というものである。条件を抜粋すると 

第三条 特定電気通信による情報の流通により他人の権利が侵害されたときは、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者(以下この項において「関係役務提供者」という。)は、これによって生じた損害については、権利を侵害した情報の不特定の者に対する送信を防止する措置を講ずることが技術的に可能な場合であって、次の各号のいずれかに該当するときでなければ、賠償の責めに任じない。ただし、当該関係役務提供者が当該権利を侵害した情報の発信者である場合は、この限りでない。
一 当該関係役務提供者が当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知っていたとき。
二 当該関係役務提供者が、当該特定電気通信による情報の流通を知っていた場合であって、当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるとき。

つまり他者の権利(著作権)が侵害された時、「技術的に対処可能」かつ「他人の権利が侵害されていると知っていた」という条件を満たしている場合、生じた損害について賠償する責任があるかもしれない、と言っている。

今回の件はブロッキングによって「(完璧ではないにせよ)技術的に対処が可能」で、漫画村に関して政府からも名指しされた文書が出る程度に注目が集まっているので「他人の権利が侵害されている事を知っている」という条件を満たしており、将来的に海賊版サイトで発生した損害の賠償の責任の一端を負わされる可能性がある。それを避ける為にも営利企業としてブロッキングに踏み切った、というのも理屈が通る行動である。それが通信の秘密に違反して良いことを意味しないが。

プロバイダ責任制限法が対象とする特定通信事業者とはウェブサーバを管理する業者を含むので(ISPが含まれることを知らなかったがどうやらこの資料によると含まれるようである)、漫画村が使用しているCDNであるCloudflareがこの特定通信事業者に含まれる事はおかしくないのだが海外の事業者故か今の所この対象になっていなさそうである(未確認)。 

やまもといちろうが気に食わないよ派

わかる。僕も煽られた。

まぁ個人の好き嫌いとブロッキングの是非は別だし、彼自身はおかしい事を言っていないとは思う、面白おかしく言ってはいるけれど。あと本筋ではないけどフレッツことNGNはある意味では既にでっかいイントラネットなんだよなぁ…。

他の国ではやってるよ派

フランスでは2009年に制定されたHADOPI法というものがあり、これはインターネットで著作権侵害を行うと3回めにインターネットから遮断され多額の罰金が課せられるという物である。

HADOPI law - Wikipedia

この実現のためにはもちろんISPは通信を監視しなくてはならず、更にユーザはフィルターをインストールすることを推奨される。HADOPIとはHaute Autorité pour la Diffusion des Œuvres et la Protection des Droits sur Internetの頭文字で、和訳するなら「インターネットでの知的財産の配布と保護の為の最高権威」という機関がこの運用を行なっている。機関名であり法律名でもある。

実際にこの運用は当初想定していたほど上手く働いていないようである。

Why was the French HADOPI law established? - Quora

VPNで簡単に迂回できるのと、世界中で起きている著作権侵害行為を捕捉しきれないことなどが挙げられている。だが少なくとも日本よりは重い運用(ISPによる接続先のモニタリングとHADOPIへの報告)が為されており「ブロッキング表現の自由が脅かされる日本には居られないザンス!おフランスに移住するザンス!」という主張はただの自爆である。

イギリスではISPが独自にフィルターを入れる自由があり、wikipediaに有名どころとして列挙されているだけでも児童ポルノフィルターや著作権保護フィルターを含めて8つのフィルターが稼働中である。

Web blocking in the United Kingdom - Wikipedia

権利者からの訴えによって裁判所命令によって対象がブラックリストされ、それを受け取ったISPが対象への接続をブロックする。その司法手続きが円滑に行くように法整備がされており、たまに誤ブロックもあるようだが一応上手くいっているようにみえる。

だが多くのフィルターが運用されているせいかISPが運用するフィルターはGreat Firewall of Britain(イギリス版金盾)とかGreat Firewall of Cameron(キャメロンの金盾)などと呼ばれておりイギリス国内でのヘイトっぷりが伺い知れる。ユーザの希望があれば個別にオフ(オプトアウト)可能である点が救いか。そういうわけで「日本からはインターネットの自由がなくなった!紳士たる俺はイギリスで真の自由なインターネットを満喫する!」とか言ってもイギリスの方が強固にブロックされている。

ドイツでは軽くググったぐらいではよくわからなかったが

www.billboard.com 

この記事を信じるなら、GEMAという会社がドイツ最大のISPであるDeutsche Telekomに対して海賊サイトをブロックしろと訴訟を起こし、最終的に連邦裁判所は「ISPは海賊サイトをブロックすべし」と判決を下したという事である。僕の斜め読みが正しければ、これまでも訴訟によってインターネットのブロックはできたがそれはそもそも著作権者が侵害している相手に対して既に他に取れる措置(訴訟など)をとっている場合に限られていた。しかし昨今のP2Pやら防弾ホスティングやらで犯人の顔も所在も明らかでない場合にブロックするよう認めたのは初であり画期的との事である。プロバイダ責任制限法のキワまで訴訟を行えば日本でも同様の事は可能かも知れないが日本ではまだ判例はなさそうだ(僕は法律は素人なのでデタラメかも知れない)。

これを全部の侵害者について全部のISPに訴えて行くのはやはり労力として半端ないので、これで運用されるぐらいならISPが訴訟されずともブロックしても良い法整備が欲しい物である。

アメリカでは皆さんご存知のDMCAが運用されているがこれは漫画村などに対しては決定的な威力は持たない。更にそれとは別にSOPA(Stop Online Piracy Act)法というのが提案されたが、猛反発にあい延期になったようだ。

Internet censorship in the United States - Wikipedia

SOPA法とは裁判所命令で特定の対象をブロックできるようにする法律だが、その実行のためにはISPが宛先を判断することが必要でそれが検閲に当たるからとの反発だったようだ。さすが自由の国アメリカである。ここだけ見るとアメリカが理想的に見えるが、プライバシー業界に巨大なインパクトをもたらしたスノーデン事件の震源地であることを忘れてはならない。彼の証言を信じるなら国家を挙げて政府が通信の秘密を侵したという点では遥かに邪悪である。

そんなわけで欧米先進国の中では割と通信の秘密をここまで強く扱う国はそんなに多く無さそうに見える。ネット中立性をうたうオランダでも裁判所によってPirate Bayのブロックを命じられていたりした。それに習って日本もISPにそれなりに権利と責任を持たせるのはそんなに狂った発想ではないが、日本は独立した国家なのだからその理想と手段において自らの判断で道を模索すべきである。

反対派は漫画村ユーザだよ派

twitterに多い意見だった。僕を含めて通信の秘密を語る人は小難しい事をいいながらも実は漫画村ユーザーなので漫画を無料で読みたいという本心を隠すために反対しているに過ぎない、という思想である。

だが少なくとも僕が話したNTT内部の反対派の中では漫画村を利用している人はおらず、みんな各々漫画を電子書籍なりでちゃんとお金を払って楽しんでいる。NTTグループdアニメストアとかひかりTVとかコンテンツの提供も事業として取り組んでおり、その中で働く真っ当な社員には当然「コンテンツはお金を払って楽しむ物である」という意識が根付いている事は強く主張したい。(なお僕がSlack上でイジられるときはコンテンツ扱いされてお金は特に支払われない模様)

ブロッキングは合法だよ派(宛先は通信の秘密に当たらないよ派)

通信の秘密の喩えとして「郵便屋は封筒を開けてはならない」と説明した僕にも非の一端があるが、通信の秘密の対象となるのは送受信されるデータの全てであり、読んではならないとされているのはヘッダでもペイロードでも区別なく読んではならない。しかしパケット転送の為のヘッダ読み込みは刑法35条で定める正当業務行為であるから特別に許可されているが、ISPの正当業務に「検閲」が含まれていない以上、読んだパケットのヘッダを転送以外(ブロッキングとか)に用いるのは窃用として罰せられる。それぐらい神経質に守られているのが日本の通信の秘密である。以下のページが丁寧に説明している。

ルータやスイッチは日本の法律上、通信の秘密を侵害するが違法ではない:Geekなぺーじ 

なお郵便屋も宛先を読んでよいのは転送のために限られていて、宛名も信書の秘密として保護されている。

http://www.soumu.go.jp/yusei/kojin_hogo/pdf/070409_2_si7.pdf

・「郵便物(信書便物)に関して知り得た他人の秘密」:

信書の内容のみならず、差出人・受取人の氏名、住所又は居所、取扱年月日、差出個数その他通信そのものの構成要素を成す一切の事項(これらの事項を知ることにより通信の意味内容が推知され得るため)。

・「通信の秘密」: 通信の内容のみならず、通信当事者の住所、氏名、発受信地、通信年月日等通信の構成要素や 通信回数等の通信の存在の事実の有無を含む。

特定の反社会組織あてに手紙を送れないとしたら、最初に窓口にそう掲示することで合意済みの契約として握ってるとかなんですかね…それは知らないけれど…。

政府がそう言ったらしいよ派

怪情報が飛び交っているのは目にしているが出処がわかっている情報は何もないし信頼できる情報もない。合法か否かを判断していいのは政府ではなく裁判所であるのだから、裁判所を政府が政府が牛耳ってるとすれば大変な問題であるが陰謀論の域を出ない。

緊急避難が適用されるから合法だよ派(児童ポルノと同じだよ派)

これは政府の主張を踏襲するという事で、先のブログ記事で紹介した。しかし本当に刑法37条の緊急避難を適用して良いかは多くの専門家から異論が出ている。緊急避難の要件は

現在の危難: 緊急性があり
補充性: それ以外に手段がなく
法益権衡: この手段による害でそれ以上の害を生まない

の全ての条件を満たす必要がある。通信はとても速く被害額もそれなりに大きいので緊急性はそんなに争えないが、補充性に関してはブロッキング以外の手段がまだあり得るだろうと言われている。法益権衡に関しても「そもそも財産権より通信の秘密の方が重い」という主張が強い。

もし財産権の方が通信の秘密より重いとするなら、もともと財産権と同等以上に重いとされる人格権も守らざるを得なくなり、プライバシー保護や名誉毀損などを理由としたブロッキングなども当然行われる事になる。それはかなり多くのサイトをブロッキングする事になり通信の秘密が更にグダグダになる未来が見える。だがそれはむしろプライバシー保護の為の措置をISPに行わせる政府の陰謀で実は 

Data localization - Wikipedia

の前準備であるなんて説も囁かれる。やはり陰謀論の域を出ないが。

児童ポルノに関して言うと、裁判所のお墨付きがない点では今回の海賊ブロッキングと一緒だが刑法第37条が適用可能であることについて繰り返し複数の弁護士のお墨付きを得た上で行なっているので仮に裁判になっても有利に戦える見込みがあるようだが、海賊ブロッキングについてはそれは無さそうである。

なるべく速やかに立法すべきだよ派(結果整合派)

政府もNTTもそういってるもんね。でも実際政府としては「検閲はこれをしてはならない」と憲法21条に明記されているところを違反したくないので国民から検閲だと言われない形になるよう立法しなくてはならない。イギリスのように裁判所に訴えさせて司法で行うか、フランスのように公的な機関が監視するか、民間団体に任せるにしても法律の中で「ISPは民間団体を作れ」などとハードコーディングするわけにも行かず、どんな立法をすべきかは正直良くわからない。

立法をしたからと言って今のNTTの行動が仮に違法だとして遡及して合法になるわけではないのは法の一般原則であるのだから今回の議論とは実はそんなに関係はないかもしれない。

今回政府は発表の中で「法整備も急ぐ」と書いているので、ブロッキングそのものは一時しのぎとしながら法整備を待つのは政府決定に賛成の立場として主張の意味はわかる。

違法だからどうした派(アナーキー派)

いや違法はアカンでしょ(頭から否定)

今回の措置に反対だよ派

ここまではずっとNTTによるブロッキングに賛成派だったがここからは反対派の意見を見ていく。

本当に緊急回避が成り立つなら賛成だよ派(漫画村もうないじゃん派)

緊急避難の要件を満たすためには現在進行形で漫画村が被害を与え続けていないと無効とする派。

こんな感じで、違法性阻却事由の緊急性を満たさない派を始めとして違法性阻却事由の観点で疑問視する声は多い。これに関しては法廷で決着を付けるほか無く、専門家でもない僕は何も言えない。

www.itmedia.co.jp

立法の後なら賛成だよ派

このカテゴリの中には更に複数ある

さっさと立法しろ派(法治重視派)

僕の考えはこれに近い。だがこれはぼんやりと「僕に思いつかない素敵な方法を偉い人が考えてくれたらいいな」と無責任に表明しているだけに過ぎないとも言える。最近見たアニメ銀河英雄伝説ヤン・ウェンリーの「なぜ人々はルドルフを支持して権力を与えたのか、それは民衆が楽をしたかったからさ」という言葉が脳裏をかすめていく。

日本でもHADOPI法のようなものが成立してしまう可能性もあり、それが立法しても望んだゴールとは限らない。みんなが納得の行く法律ができるように業界関係者はみんなで政治家と良く対話していくべきである。

特に電気通信事業法179条は

第百七十九条 電気通信事業者の取扱中に係る通信(第百六十四条第三項に規定する通信を含む。)の秘密を侵した者は、二年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
2 電気通信事業に従事する者が前項の行為をしたときは、三年以下の懲役又は二百万円以下の罰金に処する。

と書いており、通信の秘密を侵した従事者を罰すると明記されているが、これはおそらくベテランNTT社員のいう「昔の電話はクリップがあれば盗聴できたんだよ」を実際にやった社員を罰する為に用意されたはずで、おそらく会社の命令でDNSの設定をした従事者個人を罰するために適用するモノでは無さそうに見える。

電話からの横展開でISP事業を拡大解釈し続けるのは徐々に絶妙なすれ違いや摩擦を招くと思う。

憲法21条も一緒に修正しろ派(整合性重視派)

軽く調べた所「通信の秘密」を憲法で保障している国は日本以外で見つからなかった(探し方がザルな可能性は大いにある)そもそもが手紙とか電話とかが主流だった時代で今のwwwを前提として作られた憲法ではないのだから解釈やら刑法やらで絶妙に回避しているのが今のISPの運用である。何処かのタイミングでこの乖離が耐えられなくなり、インターネットとの国家レベルでの正しい付き合い方を考え直す時が来る事はうん十年以内にはあるかも知れない。

立法自体憲法違反だからだめだよ派(護憲派

わかる。通信の秘密と憲法に明記してある以上、それを脅かす立法すら行うべきではない論。だが著作権というか財産権憲法29条で守られており、どちらをどの程度優先するかというのは現実に則して考えるべきだと思う。

法律が恣意的に運用されるよ派(拡大警戒派)

これも多かった。いわゆる「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき」のように、その気配を感じたら早くから警鐘を鳴らすべきであるという論である。実際、政府やNTTに独裁者になろうという意図がないことを僕は知る立場にないため、警戒しておくに越したことはない。

だが現段階では出版業界等を守るための彼らなりのロジックの通った行動に見えるため、この喩えで言うならまだ「彼らが正当防衛を主張したとき、私は声をあげなかった。私は海賊サイトではなかったから」ぐらいの段階だと思う。各々、自らがオオカミ少年と見做されない程度のタイミングで適宜警戒すれば良い。

ちなみに既に「彼らが児童ポルノブロッキングを実行した時、私は声をあげなかった。私は児童ポルノ愛好家ではなかったから」の段階はとっくに踏み越えており『声を上げるのが早ければ早いほど良い論者』は何年も前からとっくに声を上げていて然るべきではなかろうか。

あるいは治安維持法のような法律が制定されびっくりするほど恣意的な運用がなされていく可能性に関してはもちろん警戒すべきである。

治安維持法 - Wikipedia

検挙対象の拡大

 1935年から1936年にかけて、思想検事に関する予算減・人員減があった。 1937年6月の思想実務者会同で、東京地裁検事局の栗谷四郎が、検挙すべき対象がほとんど払底するという状況になっている状況を指摘し、特高警察と思想検察の存在意義が希薄化させるおそれが生じている事に危機感を表明した[10]。 そのため、あらたな取締対象の開拓がめざされていった。治安維持法は適用対象を拡大し、宗教団体、学術研究会(唯物論研究会)、芸術団体なども摘発されていった。

先に述べたように立法及びその運用はよくよく警戒されて然るべきである。が、それをもってして立法も対策もすべきでないとして海賊サイトを野放しにするのは極論に過ぎると思う。twitter上で主張を眺めると妄想と陰謀論の組み合わせが多数派であり、それは実のある議論の妨げにすらなりうる。

他の手段で解決できるよ派(広告主にクレーム派)

広告費で運営が行われているのであれば広告主から支払われる料金が資金源であり、広告主がいなくなれば自然と干上がるであろうという論である。広告主としても違法サイトとして悪名高い漫画村に出稿されるのはサービスのイメージを悪化させるため避けたいという意思は当然あるだろう。

現在のオンラインの広告枠の売買は既に途方もなく複雑化しており、広告主は出稿先の全てを把握できないため技術的に無理だという見方もあるが、現時点でもネット広告業界は広告主のイメージ戦略のため「絶対にアダルトサイトには出稿しないでくれ」等の要望を聞き入れる仕組みはできており技術的には可能な域である。

だが技術ではないレイヤーでは様々なモラルハザードが起きており、一筋縄では行かなそうにみえる。

nlab.itmedia.co.jp

本当に立法するほどのことか派(被害額疑念派)

半年で3000億という損害が結構盛った数字である事は各所で言われている。漫画村ユーザーが仮に漫画が読めなかったからとしてそれを全て定価で買ってくれたはずはないから過大に見積もり過ぎだし、漫画村を通して原作のファンになってくれたらそのうち書籍を買ってくれる可能性もあるからむしろ宣伝になっている、とする主張である。この辺は技術や法律とは遠いので業界関係者の意見を聞きたい。

ブロッキングが合法だか不明だよ派(議論が足りない派)

議論の長さは必ずしも結論の正しさを保障しないが、児童ポルノや迷惑メールの遮断については複数の弁護士のお墨付きを得て実現してきた背景がある。今回のブロッキングは「議論が足りない」と関係者が口を揃えて言うのは単なる議論の回数の話だけではなく、専門家による法的整理が甘いのではなかろうかという指摘である。NTTにだって法務を担当する組織はあり内部で当然それなりの議論を重ねてきたのだろうけれど、弁護士からの充分なお墨付きは得られているわけでは無さそうだ(僕は社内の事はろくに知らないのでググって出てきた公開情報から勝手に推測しただけ)。

論点を明らかにしてどういう決着に落としこむべきか面倒臭がらず考えて欲しい。ただ「議論をすべきだ(俺は参加しないけど)」と喚くだけなら誰でもできるのだけどFacebookでドヤ顔しながらお気持ち表明するおじさんはこの結論ばかり連呼していて内容が薄く頭痛がする。結論に異論はないけど議論そのものは答えじゃないんやで。

ブロッキングは合法だけど今回のNTTのブロッキングはダメだよ派(効果疑問視派)

実現方法としてDNSブロッキングを行うだろうという見方が強いが、これはISPが提供するデフォルトのDNSゾルバが特定のアドレスを解決できないようにするという手法である。より厳密には児童ポルノは「児童ポルノなのでブロックしました」と通知するサイトへと飛ばすのでDNSキャッシュポイズニングやらDNSハイジャッキングやらという言葉を使うほうがもう少し近いかも知れない。

これを迂回する一番簡単な方法は1.1.1.1とか8.8.8.8みたいなISPが提供しているモノ以外のDNSゾルバを使う事であり、そのへんのアフィサイトの中で利用するDNSゾルバを変更する手順を紹介してアクセス稼ぐ記事がそのうち量産されるのは想像に難くない。もしくはIPアドレスを直打ちしてアクセスしても良い。

“IP直打ち”ですり抜ける手口が横行? ブロッキングについての素朴なFAQ - INTERNET Watch Watch

DNSレベルで更に禁じようとするならISPレベルでOP53Bを実施する事になり、今度はそれを更に迂回するためDNS over HTTPSを利用することにもなる。それを更に禁じるためにはHTTPS通信に対しMITM攻撃に相当することをISPの中で実施する事になり通信の秘密がガンガン破られていきインターネットにかかるコストがうなぎのぼりで速度も遅くなり…と誰も幸せにならない未来になることが目に見えている。

IPレベルでフィルタすれば直打ちもDNS関係の迂回策も一切封じれるが、同一IPにぶら下がる別のサービスも巻き添えを食うなど一概に良いとも言えない事は以下のページに詳しい。

DNSブロッキングは筋が悪いのか?:Geekなぺーじ

DNSブロッキングより強力な方法を用いる」というのはイタチごっこをイタズラに早める結果を招く危惧があるため通信の秘密と被害額と実現にかかるコストとユーザの利便性の中で比較的合理的な落とし所の一つとしてDNSブロッキングというのなら割と説得力がある主張だと思う。

NTTによる忖度は政府の腐敗だよ派

具体的な運用をどうしていくかはNTT側に裁量があるという事になっており、そうでないという証拠もなしにこの主張を上げるのは今の段階では妄想と陰謀論の域を出ない。もう少し現状を見定めてから言うべき。つまり忖度言いたいだけでしょ去年の流行語だし。

超法規的措置法治国家のすることではないよ派

刑法第37条も法律の一部なので、これに合致するという判断を政府がすることは「超法規的措置」ではない。最終的に裁判所の判断によって法律に違反したと見做される可能性はあるが、少なくとも決定時は合法だと判断した政府決定すら超法規的措置と呼ぶのであればあらゆる決定を超法規的措置と呼ぶことになってしまう。要するに超法規的措置って言いたいだけでしょ響きかっこいいし。

漫画村使いたいよ派(盗賊派)

おいやめろ。漫画を読むならちゃんとお金を落とそう。

NTTはいつだって邪悪だよ派(電話加入権の恨み派)

そうかもとからNTTは悪の組織だったのか…。

■悪の組織の特徴
1 大きな夢、野望を抱いている
2 目標達成のため研究開発を怠らない
3 日々努力を重ね、夢に向かって手を尽している
4 失敗してもへこたれない
5 組織で行動
6 よく笑う

あっ大体あってる気がしてきたな(棒読み)

結局どう思っているのか

どうせやるなら「政府の指導とは関係なく、いち営利企業の社会的な正義としてブロッキングを行います。法的整理は社内ではちゃんと取れており弁護士からも何度もGoサインをもらってます」と宣言した上でブロッキングをして欲しかった。このやり方ではまるで政府の言いなりのように見えてしまう。

政府は飽くまで「指示はしてない」という立場を続けるようだが

www.businessinsider.jp

NTT広報はとにかく「政府の方針に応じています」の一点張りをしている。

www.itmedia.co.jp

耳を澄ましてみれば

総務省「おい、NTT空気読めよ。あくまで民間主導です。自分でやるべきだと思ってやりました、って発表しろって言っただろ!!」
NTT「ええ〜〜だってみんなすごい怖い顔して訴えるとか言ってくるし政府さん助けてよぉ〜〜」

とでも聞こえてきそうな絶妙な連携の取れてなさはむしろ政府の言いなりになれてすらいないという点において一周回って安心感がある(もちろん僕の主観である)。

 

アイキャッチ画像は edward stojakovic さんの画像をCC BY 2.0ライセンスにて使用しています。

Great Wall at Mutianyu | Great Wall at Mutianyu | Flickr

追記:スノーデンに関して言及