Software Transactional Memo

STM関係のことをメモっていこうと思います。

ブロックチェーンの作り出す価値に付いて

TL;DR 疑いの目を向けてみると怪しい奴ばかり

 

通貨発行は楽しい、これは真理である。

www.sinseihikikomori.com

1人プレイ用のゲームの中で敵を倒してゲーム内の通貨を得る行為は広義の通貨発行と見做せる。ドラクエの世界でスライムを倒して3ゴールドを得る行為すら通貨の発行であるという観点で考えた時、このブログの読者は誰しも通貨発行の体験があるはずである。

現実で使われる通貨を鋳造したら普通の犯罪であるが、この日本で法に触れずにこれに近い行為を達成できるのが借金である。人から10万円を借りて、その引き換えに「x万円を○月○日までにお返しします」と借用書を書けばその「○月○日にx万円を受け取る権利」自体が債権としてそれなりの値段y円で市場で取引される一方で自分はx万円を得ることができ、世界に存在する価値の総量がy円だけ増えたことになる。これは経済の基本である。

この借用書、誰もが無限に発行できるものではなく個人が支払えそうな額面を上限とした大まかな合意があり、信用と呼ばれている。

金融システムはこのようなルールで法整備され通貨発行権の使用は厳しく管理・運用されてきたが、NFTやブロックチェーン界隈でのやり取りでは出資をする側がプロの投資家や銀行や法律家ではない点を活かして危うい商売をしているように見える。

楽座

mkt.rakuza.io

日本が誇るアニメ文化を題材としたNFT取引サービスで、このサービス事業者が正規の方法で手に入れたアニメや漫画のセル画・原画・複製原画(複製??)のNFTをユーザ同士が相互に売り買いできるという特色があるらしい。

ユニークなのが購入したNFTをBurn(持ち主が意図的に無効化)することで紐付けられた原画の実物がサービス事業者から届けられるという点である。つまりやり取りしているのは原画を手に入れる権利そのものであり「NFTで保護されたデータでも際限なくコピーできる」に対して「原画獲得権利の複製は不可能」と正面から反論している、NFTの使い方として正しい。

古典的なWeb技術のみを用いて原画権利売買プラットフォームを作る事は技術的には可能ではある*1。また楽座の中でNFTを買うにはNBNG(ノブナガ、おそらく楽市楽座に掛けている)というEthreumとも違う専用の通貨が必要で*2NBNGの価格自体がETHに対して流動的に変化する。つまりこの売買の世界に飛び込もうと思ったら入場料としてそれなりの額面のNBNGという通貨(草コインと言っても過言ではない)を買う必要がある。

https://www.coingecko.com/ja/%E3%82%B3%E3%82%A4%E3%83%B3/nobunaga/ethf:id:kumagi:20220325010544p:plain

昨今のEthreumのGas代の高騰やERC20の準拠度や使い勝手の観点からスマートコントラクトをETH以外でやろうという運営側のモチベーションは納得感があるが、それは他人が発行した通貨を信用する根拠とするには弱すぎる。

上手く行くシナリオとしては「NBNGを買ってセル画NFTを買って、別の人に売りつけたら高く売れたからNBNGが増えたし、そのNBNGをETHに変える時にレートが上がっていたので更に儲かった」であるが、NBNG/ETHのチャートを見るとわかるようにほぼずっと右肩下がりである。NBNGの通貨発行権を握っている側が発行してはETHに変えていく事で楽座上で取引している参加者全員から満遍なくETH換算での価値を吸い上げる事が技術的に可能である*3。NFT取引自体が投機的なものであるが、その入退場の境界で相場を通じてお金を吸い上げうるというのはブロックチェーンならではである。例えるならパチンコ屋で1玉4円で相互に変換できるという説明を受けて遊んで、大勝して店から出る時に現金に替えようとしたら1玉0.1円になってましたなんて状況がテクニカリーに有り得る。パチンコと違ってNBNGはいつ換金しても構わないので、今でもNBNGの価値が上がった時にNFTの売却益をETHに戻そうと目論んでNBNGを塩漬けしている人はいっぱいいるかも知れない。原画の価値自体はゼロにはならないのでその価値より安くなるまでNBNGの価格が暴落し て、楽座外の相場より安くなった頃にプロの買い手が参入する事が予想されるため原画が買える限りはNBNGの価値自体が完全にゼロになるとも思えないがNBNGの価格がいつでも寺銭か先人の利確に化けると分かっている状況で飛び込む事が賢明とは思えない。

TITAN

他人に通貨発行権を握らせる時は、本来ならば既存のシステムがやっているのと同様に発行者の信用を隅々まで精査し、信用を超えるお金を預けるならばそれは投資であるという意識を持つことが肝要であるが、昨今のNFT・ブロックチェーンのハイプはこれを極端に難しくしている。借用書ならまだしも草コインには1銭たりとも法的な価値の根拠はない、それでもステーキングとかファーミングとか呼んで「ガチホしておく事で勝手に増えますよ」とあやふやな事を言って増えているのはその場で鋳造した真価不明の草コイン、というのはもはや草コイン界隈でお約束のようになっている。

典型的にはこういうのがある。

yukimama.net

平たく言うとTITANという草コインを買うと儲かるよ、というポンジスキームに見事に乗せられただけの話のようである。イケハヤさん自身が激推ししている記事はこちら

 

1IRON=1ドルという借用書のような物を、発行元の信用を超えて大量発行を許したら(TITANを30%程混ぜ込むという少しややこしい事をしているが)ほころびが生じる。そういう詐欺を許さないために法律が整備されているのだけれどまだ暗号通貨の世界には追いついていない。本来は信用と法によって適切に監視されるべき危険物がブロックチェーンの世界では平気な顔をして闊歩している。信用を遥かに超えたお金を刷る行為は文字通りの「錬金術」と言えるかも知れない。

STEPN

stepn.com

最近僕の観測界隈で持て囃されているMove and Earnというコンセプトのオンラインゲームである。NFTトークンとなった運動靴を購入(現時点で日本円にして約11万円相当)して走るとGSTというゲーム内通貨が稼げるのでそれを換金するとゲーム外で使える現金が稼げるという物である。経済圏規模で考えるとこのゲームでしか使い道のないGST相場の中に入場料(スニーカー購入費用)を払って参入し、入場料を取り返せるか取り返せないかという中でプレーヤーのみんなが移動に励むという構図になる。こういう書き方をするとわかると思うが、プレーヤーのみんなが全員仲良く入場料分の投資を回収した上で稼ぎ続けられる状況とは、GST相場の中に継続的に人が入り続け、お金を投入し続ける前提が必要である。「継続的に人が初期投資をして参入し続ける限り既存参入者は儲かる」という典型的なポンジスキームと言っていい。「自分だけは他の人より運動するから投資を回収できるはず」と思ってもゲーム内のスタミナ性で運動できる条件が絞られている上に、ゲーム内でも靴のレベルアップなどにもお金を必要とされるので投資を回収できるのはだいぶ先の事になると思われ、全体で見ると靴ガチャの売却益で儲けた人ぐらいしか居ないのではないかと疑っている。

株式ならば会社は株で得た資金を用いて事業を回し資本を拡大し株主に還元する点でポンジとは大きく違うのだが、STEPNはプレーヤーに運動を促して健康を増進させても収益を得る立場には無い。会社としてこのゲームを運営していくには靴や自ら発行できるGSTを換金して収益にしていく事が順当に見えるがそれはプレーヤー達がGSTやNFTを買い支えてくれる前提が必要になる。

STEPNの運営元はオーストラリアにあるFindSatoshiLabという会社のようだがLinkedInを除くとほとんど会社情報らしいものが見当たらなかった。どこまで信用していいか不明である。

https://www.linkedin.com/company/stepn-by-find-satoshi-lab/about/

見方を変えてみれば日本に無数にあるソーシャルゲームだって即物的な価値を創出しないのにガチャなどでお金を稼いでおり同類である(しかも運動を伴わない分タチが悪い)という見方もできるが、開始に多大なお金を要求するSTEPNの現状はそれと比べてなお健全とは思えない。靴を買う代わりにGSTの分け前と交換条件に他人から借りる機能が実装予定らしく、実装されたらカジュアルに参加する人が増えるかも知れないが、それでもなお靴を買った人が投資を回収しきるにはGSTの相場が崩壊しない前提が必要であり、運営元はおそらく法に触れずにいつでもGSTを刷ってはETHに変えて現金を得る事ができる。信用を超えた通貨発行の権利を委ねて良い運営元かどうかはよくよく考えるべきだと思う。

「どうせ放っといてもガチャに10万円ぐらい使っちゃうし単にこのゲームの世界観と走るのが好きだからこれをプレイするよ」という人はお好きにしたら良いと思うがEarnを目的にして参入するのは危うい。また、自分自身を運動に駆り立てる動機として大きめの初期投資をするハックは世界中で行われているが、結果として例えばスポーツジムの会員の9割は統計上幽霊会員だったり、自己啓発本の読破率は1割ぐらいだったりで、人類は結局は怠惰なのであやふやな所で自己投資を損切りするのである。こういうあやふやな損切りが世界中で相次いだ結果としてSTEPNエコシステムが成長を続けていくならそれはそれで一つのソーシャルアートとして成立するかも知れない。

align-crypto

https://align-crypto.com/

これは清々しいほどに詐欺である。怪しげなDiscordに参加していたら突然見知らぬbotから英語のDMでお祝いの言葉と共にクーポンコードが提示されたので興味本位でアカウントを作ってクーポンコードを入力したらこのサービス内の自分のwalletに0.194BTCが突然振り込まれた。日本円にして約80万円相当である。半端な現実感にニヤリとした。

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どういうカラクリかと思って自分のwalletに送信しようと思ったら「アカウントのステータスを"USER"にする必要があるよ」と弾かれた。調べてみるとステータスを"USER"にするためにはこのアカウント宛に0.01BTC(5万円相当)を送れ、とダイアログが出たので全て納得が行った。

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これはちょっと前の迷惑メールでよく見た「おめでとうございます。特別に選ばれたあなたに3000万円の遺産を差し上げますので振込手数料の3万円を払ってください」のブロックチェーン版である。「その遺産の3000万円から差し引いて3万円払って良いので2997万円ください」とお願いしても当然聞いてもらえるわけはないアレである。遺産振り込み詐欺に取られたお金は警察や裁判のお世話になった果てに取り返せる可能性もあるが、詐欺師のwalletに送られた暗号資産を取り返すのは技術的に無理ゲーであり、その点でWeb3の真価を遺憾なく発揮したサービスである。これが詐欺でないならその0.194BTCから0.01BTC払って良いし詐欺と呼んだことを謝るので残りの0.184BTCを僕に送ってください>align-crypto

Web3に対抗してWeb2の力で軽く検索した結果、99%詐欺だよという判定が返ってきた。

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Loot

www.lootproject.com

これは有名なNFTである。NFTと言ったら類人猿とか謎の荒いドットの人間とかの絵が有名だが、絵だとハッシュ値しかチェーンに載せるのが現実的ではないのでテキストにしてみました、という物である。絵のNFTを発行する時はパーツごとにレア度を設定したりして傾きを付けてシリーズ化するのが典型であるが、Lootは絵ではなくアイテム名の羅列がNFTとしてチェーンに載っている。絵もルールもないトレーディングカードである。

Loot is randomized adventurer gear generated and stored on chain. Stats, images, and other functionality are intentionally omitted for others to interpret. Feel free to use Loot in any way you want.

和訳すると「Lootとはランダム化された冒険者の装備でチェーンに保存されています。Statsや画像やその他の物は解釈の余地のために意図的に省かれています。お好きにご利用ください。」とのことである。文字列に対してお金を払うとなると現代アートもついにこの域に来たかと戦慄せざるを得ないが、100万円以上の価格が付いている品もザラにあるのが恐ろしい。

一体どこの誰が「古代の兜」の文字列に対して3ETH(約100万円)を払うのかわからないが「古代の兜」の市場価格をウォッチする専用のサイトまである(レアっぽい奴は軒並み専用サイトが用意されている)

「古代の兜」が自分のwalletに紐付けられている人だけがログインできるサービス(GUILD)もあるのでそこへの入場券と考えたら納得感はあるが、一般の人がホイホイ入るような場所には見えない。

アートとして絵を持ち込むのが目立つNFTの世界に文字列をアートと言い張る発想は確かに新規性はあって、そのためか派生プロジェクトが山ほどあって把握しきれない。派生プロジェクトはそれまた謎の草コインを刷っていたり土地(!?)のNFTを発行していたり輪をかけてよくわからない。この中からひょっとしたら傑作ゲームが出てくる可能性もあるかも知れないがLootのNFTを持っていてもその傑作ゲームの分け前が貰えるようにはできていないし、売れた側のゲームもLootプロジェクトに信仰を集めるモチベーションは特にないので無関係を装っても構わない(例えば「ロングソード」という概念はLootプロジェクトの誕生前から世の中にあったのだし)。Loot側はキーワードの提供以上のことはしていない。あらゆる信仰をファンアートと二次創作だけで得てその依代を目指そうという意味ではこの上なく野心的なプロジェクトという見方もできるが少なくともLootのNFTを持つ意味は無さそうである。キーワードの起源を主張するにもあまりに手垢の付き過ぎた概念ばかりなのだし…。バンド募集に例えるなら「当方キーワード。世界観、歴史、グラフィック、ストーリー、ゲーム性など全部募集」の投げっぱなし状態である。Web3の遊び場の例として紹介するには話題性があるが僕はだいぶ懐疑的である。

暗号少女

www.cryptoshojo.com

全部の話をブロックチェーン全否定で終わらせるのも良くないと思ったので良さげだと思ったプロジェクトとして暗号少女を紹介する。大抵のものを擬人化・美少女化する一連の文化の前にはブロックチェーンすらも抗えず、公式サイトでは黒髪長髪で和服の美少女(ビットコイン様)が刀を持って笑っており、我々オタクに刺さる要素がたくさん盛り込まれたプロジェクトである(と言っても具体的に何をするのかはピンと来ていないが)。

これの良いところは複数あって

  • 信仰の前提となる世界観や設定を用意している。
  • 可愛い絵や各キャラソンといった一次創作コンテンツを複数用意して誰でも楽しめるように敷居を下げている
    • 初音ミク・東方・アイマスなどといったニコニコでの二次創作が豊富なキャラはどれも一次創作コンテンツと公式の設定がある。
  • キャラクターの所有感や満足感といったあやふやな物を売らず、ファンクラブの会員証やスポンサーとしてのNFTを販売する計画のようで(minting soonとあるのでまだ発売されては居ない)投資家とプロジェクトとの関わり方が明瞭
  • プロジェクトの目的としてお金儲けやコンテンツ創作といった金の匂いではなく、マイノリティ支援や就職補助といった活動を明示している。
    • 始めから全体の方向性が定まっているのはDAOの運営を混乱させない為にも大事。ただのお金儲け以外の目的が設定されているのも良い。

追加コンテンツを作っていくお金をどう用意していくつもりかはわからないが、二次創作は自由に行って良さそうに見えるので知名度が上手く上がりさえすれば面白い事になるかも知れない、頑張って欲しい。僕の好みではDoge-chanのキャラソンが良かった(個人の感想です)。

サムネイルはBernard Spraggさんの写真anchor chainパブリックドメインに基づいて利用しています。

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*1:これはNFTの形をさせること自体が目的なんだろうと思う、金融商品取引法を迂回する、とか

*2:厳密にはEthreumで買える原画もある

*3:実際にそれをやってるかは知らない